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福岡高等裁判所 昭和30年(う)2283号 判決

控訴人

被告人 大迫広親

弁護人

福島次郎

検察官

森井英治関与

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人副島次郎並びに被告人各自提出の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用し次のように判断する。

弁護人の控訴趣意第一点並びに被告人の控訴趣意について。

原判決に示している証拠を綜合すると、被告人は佐世保自由労働組合(元佐世保日雇労働組合)員であるが、他二十数名とともに昭和二十八年五月十三日午後二時頃清水房男、長崎善次、津田昭知、谷口利己、大久保芳夫の五名を代表者として、佐世保市八幡町所在世保市役所二階市長応接室において、同市長中田正輔等と生活保護法に基く生活扶助料支給のことで交渉したが、埓があかず、同日午後三時過頃、右市長は所用のため外出した後、退庁時刻を過ぎたので、同日午後八時二十分頃同市助役山中辰四郎は右市長の命を受け、被告人等に対し即時右庁舎外に退出するよう要求したが、被告人等は“満足な解決が得られるまでは帰らん、市長を出せ、誠意ある回答をせよ”と迫り、ついで同助役の要請により佐世保警察署員からも重ねて右退去方の通達を受けたが、被告人等は、前記応接室の二十数名の労働者とともに、同応接室において、入口をふさぎ、スクラムを組み、同心一体となり右要求を受けたに拘わらず同所より退去しなかつた判示事実を認めることができる。原裁判所の証拠の取捨価値判断に経験則違背はない。

弁護人及び被告人は被告人の右所為は労働組合法上の団体交渉の必要上行われたものであり、従つてそれは正当行為である旨主張するから先づその点について判断する。

地方公務員法によると、緊急対策事業法による失業対策事業のため、公共職業安定所から失業者として紹介を受けて地方公共団体が雇用したもので、法定の除外事由のないものの職は、地方公務員特別職であつて、これ等のものに対しては労働組合法の規定が排除されていないから、右失業対策事業に従事する労働者は、労働組合法の規定するところに従い、その労働条件を改善するため地方公共団体との間に団体交渉権を有するものと解するのが相当であるが、地方公共団体との間に雇用関係の生じていない一般労務者である日雇労働者は、前記団体交渉権を有しないことは勿論である。かような日雇労働者でも、失業対策事業に従事する労働者の労働団体の委任を受くれば、前記の団体交渉をする権限を有することは労働組合法の示すところである。然るに原判決に示している証拠によると、被告人は失業対策事業に従事する地方公務員特別職でもなく、また前記のような委任を受けたものでもないことが判り、記録を精査しても右認定を覆すに足る証拠はない。

なおここで根本に遡つて、本件における交渉事項が労働組合法上の団体交渉の対象として適法なものと認められるかどうかの点について考えてみよう。本件交渉事項は原判示のとおり、生活保護法に基く生活扶助料の支給を要求するものであることは既に説明したところであるが、かような交渉は使用者対被使用者の関係を前提とする団体交渉権の行使とは到底いい難い。

原判決のこの点に対する説明は、些か不充分なところがあるが、被告人の行為は団体交渉権の行使には該らないとして被告人側の主張を排斥しているもので、結局相当である。

弁護人の(七)の第一項について説明する。被告人が前記のように失業対策事業に従事する労働者でないことは被告人自ら原審公判廷においてこれを認めている供述記載があり、被告人が前記説明のように委任を受けていないに拘わらず委任を受けていると誤信した事実は記録に徴してもこれを認めるに足る確証はなく、更に本件交渉が団体交渉権限の行使に属すると誤信したとしてもそれは法律の誤解で事実の錯誤ではない。

被告人は、原判決に示している弁護人及び被告人の主張に対する判断中(ロ)の説明を論難するけれども、原判決のこの点に対する説明は正しい。なお被告人はその他原判決の憲法違反を主張するけれども、原判決には所論のような憲法違反はない。

論旨孰れも採用し難い。

弁護人の控訴趣意第二点について。

訴訟記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現われている事実によると原判決は量刑の点においても不当はない。論旨は理由がない。

刑事訴訟法第三百九十六条によつて主文のとおり判決する。

(裁判長判事 西岡稔 判事 後藤師郎 判事 中村荘十郎)

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